余白ができた時、ようやく聞こえた心の声

紗月灯のひとりごと

~頑張りすぎる人ほど、サインを見逃してしまう~

幼い頃の私は、
母に見てもらいたくて “いい子” でいることを選んでいた。
兄妹もいて、母も忙しくて、
自分を見てもらうためにはそれしか方法がないと思い込んでいた。

今思えば、それは幼い私が必死に考えた
**「愛を受け取るための、自分なりの手段」**だったんだと思う。
自分勝手でもなく、間違いでもなく、
ただ“あの時の私が選べた最善”。

でもその選択は、
大人になった私の中に“我慢の癖”として残った。

自分の気持ちを伝えようとすると、
言葉より先に涙が出てしまう。
我慢する方が楽。
相手に合わせる方が楽。
そう思い込むようになっていたけれど、
本当は“楽”なんじゃなくて、
ただ 慣れていただけ なんだよね。

“なんとなくこっちがいい”と感じていても、
「私なんて…」と見て見ぬふりをしていた。
我慢を続けることが優しさだと思い込んでいたけれど、
あとになって気づいた。

それって本当の意味で
相手の気持ちに寄り添っていなかったって。
そして何より、
自分の気持ちを置き去りにしていた。

体調に変化が出たり、
相手に合わせ続けて苦しくなったり、
その積み重ねがパートナーとの関係にも影響していった。

でも、その変化や違和感があったからこそ、
私はようやく気づけた。

**「あ、これは私にとって大事なサインなんだ」**って。

何もしないで、ただ海を眺める時間をつくった日。
波の音だけが寄せては返す静かな場所で、
ふと気がついたら涙が流れていた。

悲しいのか嬉しいのか、
安心したのか寂しかったのか、
その時はよく分からなかった。
ただ、理由なんて分からなくても、
涙は自然とあふれてきた。

自分の心のサインを聞いて、
相手を傷つけることも承知の上で、
私は二度目の離婚を選んだ。

まだそれが正解なのかは分からない。
けれど、あの時の私は、
「自分の心を無視することだけはもうできない」
そう感じていた。

海の前で流れた涙は、
ずっと置き去りにしてきた私が
ようやく声をあげた瞬間だったのかもしれない。

身体と気持ちに少し余裕ができるだけで、
自分の身体が出しているサインや、
周りからそっと届いていたサインに
気づけるようになる。

忙しさや我慢でぎゅっと固まっていた時には、
聞こえなかった小さな声。
見えなかった違和感。
流してしまっていた涙の意味。

余白ができると、
それらが全部、
「ここにいるよ」と静かに姿を見せてくれる。

サインはいつも大きな音ではなくて、
ほんの小さなささやき。
だからこそ、
立ち止まった時にだけ聞こえる。

そして今なら分かる。
どうせ選ぶなら、
心がふっと軽くなる方へ。

🌙今日の灯

たとえ正解が分からなくても、
心が静かに「これでいい」とささやく方へ進むこと。

その選択は、誰かを傷つけることもあるし、
自分でも迷いが残ることもある。

それでも、
自分の心を無視し続ける生き方より、
ずっと誠実だと思う。

あの日、海の前で自然とあふれた涙は、
“もう大丈夫だよ”と
置き去りにしてきた私がそっと触れてくれたサインだった。

余白ができた時、
ようやく聞こえる声がある。
その声はいつも小さくて、静かで、
でも確かに私を導いてくれる。

たとえ正解が分からなくても、心が静かに「これでいい」と言うなら、それが私の道。

サインは出てる、あなたも心の声に耳を傾けてみて♡

あなたの心に今日もそっと灯がともりますように🍃

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