①過去の出来事(事実)
私は四人兄弟の中間子として育った。
兄・姉・私・妹。
祖父母の家は隣で、家族の声がいつも聞こえるような環境だった。
母は真面目で、規則やルールを破る意味が分からないというタイプ。
父は短気なところもあったけれど、
「やると言ったらやる、やらないならやらない」
そんな潔さを持つ人だった。
兄は長男として可愛がられ、
姉はしっかり者で兄の遊び相手もするような男勝りの一面もある
妹は典型的な末っ子甘えん坊、大体のことは許されてた感じがする
私はというと、
姉と一緒の時は「妹なんだから我慢しなさい」、
妹と一緒の時は「お姉さんなんだから我慢しなさい」。
どちらの立場でも“我慢”がついてまわる存在だった。
母からはよく
「兄も大変、姉も大変、妹も大変」
と言われていたから、
私は困らせないように、
母に見てもらえるように、
“いい子”でいようと努力していた。
②その時の感情(揺れ)
幼い私は、
「いい子でいれば愛される」
そう信じていた。
でも思春期になる頃には、
その生き方が苦しくなっていった。
家に自分の居場所がないように感じる日もあった。
母が私を見てくれなかったことに対して、
胸の奥がざわつくこともあった。
そして大人になってからも、その揺れは続いた。
妹が大学を辞めて県外へ行くと決めた時、
私は妹と両親の前でこう言った。
「県外に行くのは良い経験になると思う。
でも、自分の意志で辞めて行くなら、
働いてお金を貯めてから行くといいよね。」
私なりの“応援”だった。
でも両親からは「冷たい」と言われた。
その言葉が胸に刺さった。
私は冷たいのかな。
それとも、ただ現実的に考えすぎたのかな。
今も答えは分からない。
さらに、子どもたちが母に
「私たちの子どもの頃ってどうだった?」
と聞いた時、母はこう言った。
「兄は手がかかって大変だった。
姉は男勝りで朝早く起きて褒められた。
妹はワガママで偏食で本当に大変だった。
……あなた? いたかどうかも分からないほど静かで覚えてない。」
その瞬間、
胸の奥が静かに波打った。
“覚えてない”という言葉が、
まるで私の存在を薄くなぞるように響いた。
③そこから生まれた苦しさ・葛藤
私はずっと、
「いい子でいれば愛される」
という思い込みの中で生きてきた。
でもその生き方は、
大人になってから私を苦しめた。
母になった時、
「自分の子どもには同じ思いをさせたくない」
そう強く思った。
でも現実は違った。
愛の受け取り方が下手な私は、
愛の伝え方も下手だった。
どう表現すればいいのか分からなくて、
長い間、自分を責め続けた。
④自分を見つめるためにやったこと
そんな時、私は少しずつ“自分に戻る練習”を始めた。
- 朝の静かな時間に3分だけ呼吸を感じる
- 感情をノートに書き出す“心の棚卸し”
- 「本当はどうしたかった?」と自分に問いかける
- ビーチで5分だけ目を閉じる
- 心の仕組みを知るために自己啓発の本を読む
- 海に行きアーシングをする
どれも小さなことだけど、
その小さな積み重ねが、
私の心の奥にある“本当の声”を少しずつ取り戻してくれた。
⑤気づき(灯)
そして気づいた。
上手く伝わらなくても、愛には変わりない。
私は私なりに、
その時その時の精一杯の愛をずっと与えてきた。
そこには絶対的な自信がある。
伝え方は不器用でも、
愛そのものを疑ったことは一度もない。
今は、
「これでいい」
そう静かに思えている。
⑥今の私(灯を届ける理由)
幼い頃の私が欲しかった言葉。
思春期の私が求めていた居場所。
母になって迷った私が必要としていた灯り。
それを、今の私は“言葉”として誰かに届けている。
愛の受け取り方が分からなくて苦しんだ人が、
自分の灯を取り戻せるように。
言葉は不器用でも、
灯はまっすぐ届く。
そう信じられるようになったから。
⑦未完成のままでも大丈夫
もし今、
「私も愛の受け取り方が分からない」
「自分の灯がどこにあるのか分からない」
そんな気持ちが少しでもあるなら、
あなたの心の灯を一緒に見つけていけるよ。
未完成のままでも大丈夫。
灯は、必ずともるから。
あなたの心に、そっと灯がともりますように🍃
