― 身体は知ってる静けさと、目覚める感覚の話 ―
私はずっと「自分なんて」と思いながら生きてきました。
幼い頃から、親の期待に応えられない自分はダメなんだと思い、
学校でできないことがあるたびに、
また「自分なんて」が顔を出す。
大人になってもその癖は消えず、
20代で離婚したときには、
“子どもたちに悲しい思いをさせたダメな母親”
そんなふうに自分を責め続けていました。
🌙 幸せになることを許すということ
離婚した当時、私は何度も自分に言い聞かせていました。
「私が心から笑っていたら、子どもたちも絶対に幸せだ」と。
それなのに、車の運転中一人で涙を流しながら、
「負けるな自分、弱さを見せたらダメ、強くなるんだ」と
自分への応援歌を熱唱していた。
幸せになりたいのに、
幸せになってはいけない気がして、
心が引き裂かれるような矛盾の中にいたんです。
心理学では、
こうした“自分を責める思考”は
過去の痛みから自分を守るための防衛反応だと言われています。
でも、それが長く続くと
「幸せを拒む癖」 になってしまう。
🌿 許すという行為の力
私は長い間、“許す”という言葉を
頭では理解していても、
心ではわかっていませんでした。
2度目の離婚を経験したとき、
また「自分なんて」と自分を責めた。
家族も生活も、心の支えだと思っていたものも崩れ落ちて、
すべてが大きく変化したあの時。
本当なら苦しくて動けなくなるはずなのに、
ふと、心が軽くなる瞬間があったんです。
これまで私は、
誰かのために、母として、妻として、
“自分は最後でいい”と信じ込んで生きてきた。
自分を後回しにすることが当たり前になっていた。
でもある日、
すべてが壊れたその場所で、
初めて“自分のことだけ”を考えていました。
私はどうしたいのか。
何を選びたいのか。
どこへ向かいたいのか。
そのとき、心の奥で
小さな声が聞こえたんです。
「もういいよ」
その言葉は、
ずっと責め続けてきた“自分自身”に向けたものだった。
あの瞬間、私は初めて
自分を許すということを
心で理解したのかもしれません。
「自分なんて」と思う優しさの正体
今ならわかる。
「自分なんて」と思ってしまうのは、
自分が弱いからじゃない。
相手を思う気持ちが強いから。
相手の痛みがわかる。
相手の苦しさがわかる。
だからこそ、自分を後回しにしてしまう。
それは、人に寄り添う力がある証なんです。
でもね、
その優しさを“自分にも向けてあげる”ことができたら、
心は驚くほど軽くなる。
自分にも寄り添うということ
相手に寄り添うように、
自分にも寄り添ってあげる。
頑張ってる自分に
「いつもありがとう」
「よく頑張ってるね」
と声をかけてあげる。
私はお風呂で体を洗いながら、
全身に感謝を伝えるようにしています。
するとね、
身体がふわっと喜ぶのを感じるんです。
これは、自分を許すという行為そのもの。
そして、幸せを受け取る準備が整う瞬間。
🌙 今日の灯
🌕 最後に、そっとつぶやいてほしい言葉
もし、夜にふと「自分なんて」と思ってしまうことがあったら、
その瞬間こそ、
あなたが幸せになる許可を出すタイミングです。
どうか、心の中でつぶやいてみてください。
「幸せになってもいい」
私も、あなたも。
その言葉が、心にそっと灯をともしてくれるから。
愛を込めて💖
紗月灯🌙
あなたの心に今日もそっと暖かい灯がともりますように🍃
