忍耐力じゃなくて、自分を守るための選択だった

紗月灯のひとりごと

仕事に向かう朝、胸がドキドキして苦しくなることがあった。
今までそんなことなかったのに、急に動悸がして、 足が前に進まなくなる感覚があった。

仕事中も、ふと泣きたくなる瞬間があった。
涙が出そうになるのを必死でこらえて、 「大丈夫」と自分に言い聞かせながら過ごしていた。

その時、はっきり分かった。 心と身体が嫌がっている。

もうこれ以上頑張ると、自分が壊れてしまう。 そんなサインを出していた。

「逃げる」という言葉を辞書で引くと、 “危険や不快から離れる” と書かれていた。
ただ、私たちは「逃げる」という言葉に ネガティブなイメージを強く持ってしまう。
まるで、逃げることは悪いことのように感じてしまう。

でも、本当にそうなのかな。

良い悪いとジャッジしているのはいつも自分で、 その基準に縛られて苦しくなっていたのかもしれない。

できないことをできるようになりたい気持ちもある。
責任感もある。 不甲斐なさや情けなさで胸がいっぱいになることもある。

「忍耐力や我慢が足りなかったのかな…」と迷う自分がいる。

もっと努力できたんじゃないか、 続ける選択もあったんじゃないか、 どうしてうまくいかなかったんだろう—— そんな思いが何度も巡ってくる。

自分の力不足なのかな、と落ち込む瞬間もある。

努力が足りなかったのかな、と責めてしまう時もある。

その揺れは、決して心地よいものではない。

でも、身体の反応だけは嘘をつかない。
仕事に向かう朝に感じた動悸。
仕事中にふと涙が出そうになったこと。
胸の苦しさや、足が重くなる感覚。
それを見ないふりは、もうできなかった。

そして、ここでひとつ気づいたことがある。

仕事でミスをして叱られたり、注意されることと、
理不尽な扱いを受けることは、まったく別の話だ。

ミスは誰にでもあるし、成長の途中で起きる自然なこと。

でも、人格を否定されるような言葉を浴びる必要はない。

必要以上に責められる理由にもならない。

その境界線を、自分の中で大切にしたいと思った。

これは、 「心地よさを大切にしたい」と思うようになってから、 意識してきたことでもある。

自分の心と身体が発している声を、 ちゃんと受け取る生き方をしたいと思った。

何度でもやり直していい。

もちろん、頑張り続ける選択もいい。

どちらを選んでも、きっとそれは必然で、 間違いなんてないのかもしれない。

離れてみることで気づけることがある。

距離を置いたからこそ見える景色もある。

もしその選択が間違っていたと気づいたら、 素直に間違いを認めて戻ることだってできる。

それが、私なりの決断の形。

年齢を重ねると、 無理がきつくなったり、難しくなることもある。
でも、年齢を理由にチャレンジしないのは勿体ないとも思う。
できること、できないことを知ることができたという経験は、 私の糧になっている。

また、大切に扱ってもらえる場所や、 心を穏やかに保てる仲間の中に身を置くこと。

それを意識するのも、 自分自身を大切にすることにつながると私は思う。

そして最後に思う。 自分を守るのは、自分しかいない。

だから今は、 この選択で気持ちが楽になるなら、それでいい。

そう思える自分でいたい。

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