相手は自分を映す鏡?

紗月灯のひとりごと

~気づきの先にあった、私の変化と心の灯~

人間関係のなかで、

「どうして同じような相手ばかり選んでしまうんだろう」

「なんで毎回こんなに傷つくんだろう」

そんなふうに思ったことがある。

昔の私は、

”相手は自分を映す鏡”なんて言葉を聞いても、

正直ピンとこなかった。

束縛する人、

浮気を繰り返す人、

独占欲の強い人。

「これは相手の問題でしょ」

「鏡なんて関係ない」

そう思っていた。

でも振り返ると、

あの頃の私は、

自分の気持ちを伝えることを怖がっていた。

傷つくのが怖くて、嫌われるのが怖くて、何もいえなかった

本当は嫌だったことも、

本当は苦しかったことも、

心の中で飲み込んでいた。

「言ったら嫌われるかもしれない」

「怒らせたら面倒になる」

「我慢すればいいだけ」

そんなふうに思って、

”NO”を言わない選択をしていた。

その結果、

相手の行動はどんどんエスカレートしていった。

束縛されても、

手を挙げられても、

泣いて謝られると許してしまう。

「私がいけなかったんだ」

「こんなに思ってくれているんだ」

そう勘違いし、無意識に自分の心と体を傷つけることを許していた。

でも本当は

自分が心を開かず、境界線を引かなかっただけ。

”NOを言わない自分”が、相手を通して見せられていたもの

今なら分かる。

あの時の私は、
相手の問題だけを見ていたけれど、
本当は自分の中にも原因があった。

・嫌われたくない
・傷つきたくない
・波風を立てたくない
・自分の気持ちを伝えるのが怖い

その弱さや不安が、
相手の行動を通して“鏡”のように表れていた。

相手が強く出るのは、
私が何も言わないから。

相手が境界線を越えるのは、
私が境界線を引かなかったから。

相手が変わらないのは、
私が変わろうとしなかったから。

そう気づいた時、
やっと過去の出来事がひとつの“意味”になった。

気付きの先にあった変化

~心が穏やかになり、自然体でいられるよになった~

“NO”を言えるようになってから、
人間関係は少しずつ変わり始めた。

まず、
心が穏やかになった。

相手の顔色を読んでビクビクすることも、
嫌われないように無理して笑うことも減った。

「どう思われるかな」よりも、
「私はどう感じてる?」を大事にできるようになったら、
自然と呼吸が深くなった気がする。

そして、
自然体でいられる時間が増えた。

無理に強く見せなくてもいいし、
弱さを隠す必要もない。
“いい人”を演じなくても、
そのままの自分でいられる関係が増えていった。

さらに気づいたのは、
相手に自分を委ねすぎないことで、自分らしさが戻ってきた ということ。

昔は、
相手の感情に巻き込まれたり、
相手の言葉ひとつで一喜一憂したり、
まるで自分の軸が相手の中にあるみたいだった。

でも今は、
自分の中心にちゃんと“自分”がいる。

相手に合わせるんじゃなくて、
自分のペースで関わることができるようになった。

…とはいえ、
そんな私でもたまに他人と比べて落ち込む日もある。

「なんで私はこうなんだろう」
「もっと上手くやれる人もいるのに」

そんなふうに思って、
ひとりで勝手にしょんぼりすることもある(笑)

でもね、
落ち込む自分も含めて“私”なんだよね。

昔みたいに自分を責めすぎず、
「まあ、そんな日もあるよね」って
肩の力を抜けるようになった。

今日の灯

“相手は自分を映す鏡”という言葉は、
相手を責めるためのものじゃない。

自分の中にある
・恐れ
・弱さ
・言えなかった気持ち
・引けなかった境界線

それらを優しく教えてくれる、
ひとつのヒント。

気づきの先には、
心の穏やかさや、自然体でいられる自分が待っている。

過去の痛みは、
今の自分を強くするための光になる。

あなたの心に今日もそっと灯がともりますように🍃

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