年齢がくれた自分らしさの選び方

自分でつくる未来の灯

🌙 年齢を重ねて気づいた“自分らしさの選び方”

若い頃は、勢いと元気だけでどうにかなることが多かった。

親の言葉もただの小言にしか聞こえず、 自分の世界だけで生きていた。

でも年齢を重ねるにつれて、 若い時には見えなかったものが少しずつ見えるようになっていく。

親になって初めて、 親の気持ちが分かるようになった。
子どもを守りたい気持ちが、 時に口うるささとして表れることもある。
それは自分の両親も同じだったのだと、 ようやく理解できた。

ふと親と顔を合わせた時、 老いを感じる瞬間がある。
シワや白髪、ゆっくりになった動作。
「いつまでも元気でいてほしい」という願いと、
現実の差に不安を覚えることもある。

でも気づいた。

親を心配する気持ちと、自分の人生を生きることは別の話だ。

以前の私は、 親のために我慢して何かしなきゃと思い込んでいた。

でも今は、 親は親の人生を歩き、 私は私の人生を歩くのだと、 静かに境界線を引けるようになっている。

🌿 “常に初心者”という視点が心を軽くした

私は子どもたちに、 「お母さんは常に初心者なんだよ」 と伝えてきた。

自分も歳を重ね、初めての年齢になってその年相応の身体の変化を感じたり、
考え方も変わっていく。

それは一生続いてく。

子育てもそう、

1歳の子の親になるのも初めて。

10歳の子の親になるのも初めて。

20歳の子の親になるのも初めて。

経験したことのないステージが、
毎年、毎月、毎日やってくる。

そして最近になって気づいた。

この“常に初心者”という感覚は、 私の両親にも当てはまるのだと。

親もまた、 私を育てながらずっと初心者だった。

そのことに気づいた瞬間、 胸の奥にあった重さがすっと軽くなった。

🌙 我慢は美徳じゃなくて“自分をすり減らす癖”だった

見方によっては、 バツ2の私は忍耐力が足りないように見えるかもしれない。

でも本当は違う。

私はずっと、 誰にも言わずに一人で我慢して、 限界まで耐えてしまうタイプ。

そして一度「ムリ」と感じ、言葉にすると、 本当に無理になる。

その性格を自分で分かっているからこそ、 無理を続けることが正しいとは思わない。

自分の心をすり減らしてまで責任を全うする必要はない。

責任は大事。

でも自分を犠牲にする責任の持ち方は、 もう選ばなくていいと思えるようになった。

🌼 年齢を重ねたからこそ、“自分らしさ”が見えてきた

年齢を重ねると、 健康、暮らし、時間、お金——

どれも「自分の心地よさ」を軸に考えるようになる。

若い頃は、 周りの期待や役割に合わせて動くことが多かった。
「こうするべき」「こう見られたい」 そんな気持ちが自分を縛っていた。

でも今は違う。

できることはやる。
できないことは無理しない。
その境界線を自分で決められるようになった。

職場で若い子の言動が気になったとしても、 怒りは湧かない。

きっとその子も必死なんだろうな。

それしか知らないから仕方ない。

そう思えるようになった。

年齢を重ねたからこそ、 見えるものが増え、 許せるものが増え、 選べる生き方が増えていく。

✨ 自分らしさは“揺れながら選び直していい”

若い頃には分からなかったことが、 今なら分かる。

我慢しすぎて壊れそうになった自分も、 親の不器用さも、 誰かの必死さも、
以前より受け止められるようになった。

そして私は今、 はっきりとこう思う。

自分の気持ちを大切にして、自分らしく生きたい。

以前のように「私が我慢すればいい」と思いそうになる瞬間もあるけれど、
そんな自分に気づけるようになっただけで、もう十分だと思っている。

その揺れも含めて、 それが今の私の“自分らしさ”なんだと思う。

年齢を重ねたからこそ、 その選び方が見えてきた。

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