母の「大変」という言葉に敏感だった幼い頃。
私は、母の負担にならないように静かに大人しくしていた。
見てもらいたくて選んだその方法は、 いつしか “自分を小さくする癖” になっていた。
母は頑張り屋で、同時に自己中心的なところもある。 子どもながらにそれを察して、 「自分は大変じゃないよ」と先回りするようになった。 その結果、母は私の幼少期をほとんど覚えていないと言った。 その言葉は、当時の私にはとても悲しかった。
大人になってからも、 私はいつも「大丈夫」と言ってしまう癖が抜けなかった。
本音を飲み込み、誰かの機嫌を優先し、 自分の気持ちを後回しにする生き方が続いていた。
でも、母との距離を少し置いた時、 ふっと心が軽くなった。
自分の機嫌を自分で取るということが、 こんなにも楽なんだと初めて知った。
そこで始めたのが、 お腹に向かって『何が食べたい?』と聞くこと。
初めは何も浮かばなかった。
何十年も自分の声を封じてきたのだから当然だ。
でも、何度も繰り返すうちに、 ふっと「これ食べたいかも」が浮かぶようになった。
その瞬間、身体も心も嬉しいと感じた。
そこから少しずつ、 「私はどうしたい?」 「私は何が好き?」 と広げていった。
気づいたことがある。
私はもともと欲が少ない。
物欲もあまりないし、甘いものもそこまで好きじゃない。
でもその代わりに、 散歩したり、海を眺めたり、神社仏閣を巡る時間が好きだった。
好きな時間を過ごしている時は、 何も考えずに穏やかで、 本当に心地いい。
忙しくてその時間が減ることもあるけれど、 「これが終わったら、あの場所に行こう」 そう思うだけで心が軽くなる。
日々がとても充実している。
人生は思い通りにならない。
まさか…という出来事も起こる。
辛くて眠れない夜も、
「なんで?」と枕を濡らす夜もある。
でも、 その全部が“好き”を見つけるための道だったと思えた時、 過去の出来事が愛おしく感じられた。
もし今、苦しんでいるなら、 その場所から離れてもいいと思う。
自分の身体と心を守ることがいちばん大切。
好きが分からなくても大丈夫。
私もまだ、好きを探している途中だから。
ゆっくりでいい。
少しずつでいい。
あなたの“好き”は、必ずあなたの中にある。
あなたの心に今日もそっと暖かな灯がともりますように🍃
紗月灯🌙

