身口意を一致させる

紗月灯のひとりごと

「身口意を一致させる」

身は行動。

口は言葉。

意は心。

思っていること、言っていること、行動していることを一致させるという考え方。

最初に聞いた時、

「私はずっと一致していなかったかもしれない」

そう思った。

本当は苦しいのに、

「大丈夫」

と言う。

本当は寂しいのに、

「平気」

と言う。

本当は嫌なのに、

笑ってやり過ごす。

それが当たり前になっていた。


今振り返ると、

自分の気持ちよりも、

周りの期待や相手の気持ちを優先することが多かった。

相手を思うことは大切だと思う。

でも、その結果として自分の気持ちを置き去りにしてしまったら、本末転倒なのかもしれない。

身口意を一致させるためには、

まず自分を知ることが必要だと思う。

今、自分は何を感じているのか。

何が嬉しいのか。

何が苦しいのか。

何に違和感を感じているのか。

その小さな心の声に気づくこと。

そして、その声を大切にすること。


最近、違和感は心からのメッセージなのかもしれないと思うようになった。

以前なら見過ごしていた違和感も、少し立ち止まって今の状況を俯瞰してみると見えてくる。

「なんだか苦しい」

「なんだか疲れる」

「なんだか無理をしている」

そんな感覚を無視しない。

それも自分を大切にすることの一つなのだと思う。

ただ、いつも立ち止まって自分の心の声を聞けるわけではない。

ひたむきに一歩一歩、歩みを止めずに進む時期もある。

私にもそんな時期があった。

苦しくて、

なぜ自分がこんな思いをしなければならないのだろう。

どうしてこんなに頑張っているのにうまくいかないのだろう。

そんな思いが頭の中を何度も巡っていた。

乗り越えなければならない壁。

嵐が過ぎ去るのをじっと耐える時間。

人生には、そんな時期もある。

その渦中にいる時は余裕なんてない。

ただ必死に前を向いて進むだけだった。

でも今振り返ると、その経験があったからこそ気づけたことがある。

自分の心を無視し続けると、

身も、口も、意も少しずつバラバラになってしまうということ。

だから今は、自分の小さな想いを大切にしたいと思う。

何が嬉しいのか。

何が苦しいのか。

何に違和感を感じているのか。

どうしたら自分の心が喜ぶのか。

そんな心の声に耳を傾けることが、とても大切なのだと思う。

そして最近、もう一つ感じていることがある。

それは「手放すこと」の大切さだ。

仕事を辞めようと決めた時もそうだった。

まだ辞めていないのに、不思議と気持ちが軽くなった。

すると偶然なのか、新しい仕事のオファーが重なった。

もちろん、ただの偶然かもしれない。

でも私は、

何かを手放したからこそ、新しいご縁や情報が入ってきたような気がしている。

両手がいっぱいだと、新しいものを受け取れない。

ずっと握りしめていると、本当に必要なものも見えなくなってしまう。

だから時には勇気を出して手放すことも必要なのかもしれない。

手放すことは失敗じゃない。

逃げることでもない。

新しい何かを受け取るための余白をつくること。

私はそう考えている。



以前の私は、

誰かに認められることで自分を満たそうとしていた。

必要とされることで存在価値を感じていた。

でも今は少し違う。

まずは自分の心がどう感じるのかを大切にしたい。

どうしたら自分の心が喜ぶのか。

何をしている時に穏やかでいられるのか。

そんな小さな気持ちを大切にしていきたい。


身口意を一致させるということは、

立派な人になることではなく、

自分の本音に正直になることなのかもしれない。

心が感じていることを知り、

言葉にし、

行動に移していく。

少しずつでも一致していけば、

きっと生きることは今より楽になる。

私はそう信じている。


もしかしたら今、

この記事を読んでいるあなたも、

何か違和感を抱えながら頑張っているのかもしれない。

そんな時は少しだけ立ち止まって、

自分の心に聞いてみてほしい。

「本当はどうしたい?」

その答えを知っているのは、

きっと自分自身だから🍀

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